正しい観光旅行



本来は、観光旅行ということにおいては、その人が正しいと思えば、それが、その人にとっての正しい観光旅行であり、一般的に正しい観光旅行などあるわけも無いのですが、森分的正しい観光旅行を紹介してみたくなり書きました。観光ごっこということでお読みください。

◎フェス:
◎マラケシュ
◎ラバト
◎カサブランカ
◎メルズガ
◎ワルザザト


◎フェス:
フェスは、ムーレイ イドリス一世により発案され、ムーレイ イドリス二世によって実現されたモロッコで一番古い首都であります。
フェスが出来る前の首都がムーレイ イドリスであるとしたら、一番古いのはムーレイ イドリスの町ということになりますが、どうしよう。

とにかくフェスは大変古い首都なのです。

昔は、フェスの町といえば旧市街しかないわけで、フェスを訪ねた旅人は大きな城壁で囲まれたフェスの町に驚いたことでしょう。

ということで、私の正しいフェス観光は、メディナ(旧市街)の中のホテルに泊まらなければなりません。
悪質ガイドに付きまとわれ、それを振り払いながら、道に迷いながらフェスの町に埋没してしまわなければなりません。

埋没の仕方は、人がたくさん座っている側に座りこみ、周りを観察することです。
(メディナの中のカフェやパティスリ(お菓子屋)、腰掛けやすい場所でたくさん人が座っている場所)

とにかく、生きた博物館であるメディナの空気の中で昔の人々の生活を想像しましょう。
メディナの散策で疲れたならば、各神学校やダール バトハ博物館で、どこかに腰掛けて休んでください。

ガイドブックではフェズと濁っていますが、フェスが正解だと思います。
なぜなら、アラビア語では、ファスと表記されていますから。フェズはフランス語読みされたものです。

ラバトも、フランス人はラバとフランス語読みしていますが、アラビア語は終わりのTを発音するのでラバトが正解です。
これらのことは、日常、何も考えられることなく使われているのだし、通じればそれでよいのですが、言葉の歴史を知ることはおもしろいです。



◎マラケシュ
マラケシュはベルベル人の帝国であるアル モラビトによって建設されました。
はじめは宗教的社会変革の理念によって出発しましたが、この改革もロシア革命と同じ経過をたどっていきました。権力闘争の結果、特権階級のみが栄えました。

マラケシュの町も、昔は城壁で囲われたメディナのみがマラケシュの町であり、他には町はありませんでした。この世界遺産であるメディナがマラケシュだったのです。
ということで、私の正しいマラケシュ観光はメディナの中のホテルに泊まらなければなりません。

ここのメディナ(旧市街)は平らな場所にあるのでフェスと違って町の中は、車、バイク、自転車、ロバ、人間などでごったがえし、歩きにくいです。
ここでも、旧市街が一番の観光どころと心得ています。というわけで、うるさいガイドを適当にあしらいながら、道に迷いながら、気に入ったカフェに腰を落ち着け、周りを観察してください。いろいろな人が通ります。いろいろな物が通ります。いろいろな人がいろいろな物を飲みながらカフェにいるでしょう。
何日か滞在されるなら、毎日同じカフェに行くことをお勧めします。カフェの従業員と親しくなれば、また別の見え方がしてくるものです。

バヒア宮殿は当時の王様の宮殿ではありません。1800年代の終わりに即位した王様、ムーレイ ハッサン一世、ムーレイ アブドラジズの宰相として権力を振るったバ アハメドの宮殿です。24人の妾をこの宮殿に囲っていたそうです。バヒアは女性の名前です。奥さんの名前かな。
大きなハレムがあり、そこに妾たちは住んでいました。大きな中庭もありますが、彼女たちは、この世界から外に出られなかったのです。
昔は、ここの女性だけでなく、一般の女性もあまり外出することがなかったようです。買い物は男の仕事であり、外回りの仕事は男の仕事でした。

すぐ近くに博物館のダール シ サイドがあり、ここはバヒア宮殿の主、バ アハメドの兄弟シ サイドの家でした。バヒア宮殿とダール シ サイドは秘密の通路でつながっていたそうです。(本当かな)

やはりマラケシュの魅力は旧市街であり、旧市街の中心であるジャマ エル フナ広場でしょうか。
ここは昔、処刑者の首をさらしていたところです。
大道芸人がたくさんでていますが、側に行くとお金を要求されるので、お金を払う気持ちが無い時は、屋上カフェから見学しています。しっかり見たい時は、しっかりとお金を払い見てください。

そのほか、ジャマ エル フナ広場の近くには、サード帝国 のエル バディ宮殿の遺跡があります。
廃墟になっており、ここで思索にふけるのもおもしろいでしょう。

モロッコという言葉は、マラケシュが変化して出来た言葉です。マラケシュが首都の時代にスペインまで勢力を広げていました。セルビアのヒラルダの塔を建てた王様と同じ王様によってクトゥビアの塔は建てられています。

普通、王朝という言葉で表現されるものを、私は帝国と表現しています。この使い方が正しいかどうか知りませんが、私の中では、王朝というと、なにか神聖であるようなものに感じ、ただの、その当時の権力者にすぎないのではないかということで、あえて帝国としました。(正しいかな)



◎ラバト
ラバトは現在の首都です。
フランス統治の時代に首都になりました。この方がフランスとしてやり易かったのでしょう。王様は各地に宮殿を持っていますが、首都ということで住まいの中心はラバトの宮殿です。ハッサン二世は市内の宮殿に住んでいましたが、現在の王様モハメド六世は郊外の大きな宮殿に住んでいます。各国の料理人が働いており、日本の寿司職人もいます。

ラバトの川をはさんで隣町のサレにラバトの市内タクシは行きません。また、サレの市内タクシはラバトに行きません。ラバトの住民はサレに働きに行き、サレの住民もラバトに働きに行きます。こんな不便なことはないのですが、一向に解決する方向に行きません。問題定義すらされないようです。
理由は行政の管轄が違うからです。ラバトはラバト県庁、サレはサレ県庁なのです。しかし町は一つとして機能しているのですから、そこをなんとか解決して市内タクシが自由に行き来できればよいのですが。
現在の両町の交通は市内バス、市外タクシ、電車(長距離電車なので本数が少ないし、止まる駅が少ない)です。いつもタクシ、バスは混んでおり、乗るのが大変です。
私は交通の問題を考えるとサレに住めない。

ラバトの正しい観光は、旧市街の散策、ウダイヤのカスバ、ハッサンの塔見学をしながら都会ラバトの生活を観察することでしょう。
町には、たくさんのストリート チュルドレンがいます。親がいても親が面倒見ないとか、家庭内暴力とかが原因なのでしょうか。私たちに出来ることはなんでしょうかと考えるのも正しい観光旅行でしょう。

私はサレの町が好きです。
サレはラバトとほとんど同じ場所にありながら、ラバトと比べると庶民の町という気がします。
家賃や物価がラバトよりいくぶん安いです。

そうそう、ラバトの正しい観光旅行に、ウダイヤのカスバの下にある海水浴場での散歩があります。夏は海水浴でにぎあい、冬は冬で閑散としていていいものです。
ここでも、周りの人たちがどのように楽しんでいるかを観察する必要があります。観察する部分がないと森分的正しい観光旅行になりませぬ。



◎メクネス
メクネスは1600年代の終わり頃、アラウイ帝国のムーレイ イスマイルによって作られた首都です。この王様は強大な権力を持っていました。
妾500人、子供が1500人であったと歴史の本に書いてあります。

メクネスの正しい観光では、マンスール門のすぐ近くにある地下のキリスト教徒の牢獄を訪ねる必要があるでしょう。最近、初めて訪ねたのですが、100mx100mくらいの広さがあり、大きいなと驚いたのですが、ここを管理している人に大きいですねと言うと、今は潰れているが昔は7kmx7kmの大きさだったとのこと。またまた驚いてしまいました。

4万人のキリスト教徒が住んでいたそうです。
ただ、つないでいたのではないでしょう。彼らに食事を与えるわけですから。メクネスの宮殿や町を造るために働かせられたのでしょう。そして彼らはどこに行ったのでしょうか。ほとんどの囚人はこの牢獄の中で一生を終えたのではないでしょうか。女や子供もいたのでしょうか。

想像するに、このキリスト教徒たちは、モロッコ北部に住んでいたヨーロッパ人や、その影響をうけてキリスト教徒になったモロッコ人であったのでしょう。
自由を奪われたこのキリスト教徒たちの生活を地下の牢獄で想像しました。彼らの叫びが聞こえるような気がしました。

訪ねるには便利な場所ですが、ここを訪ねる観光客は少ないようでした。
ヨーロッパのキリスト教徒たちにとっては、悲惨なキリスト教徒受難者たちの遺跡なので、もっとクローズアップされてもよいものだと思いました。
この遺跡はモロッコ観光の大きなポイントであると思いました。
こうやって多くの人たちが何の罪も無く、自由を奪われて生きてきた歴史がここにもあったのです。

この牢獄の上に(クベット エル キャティン)と呼ばれる、王様が外国大使に面接した建物が残っています。
このすぐ下には多くのキリスト教徒の囚人が繋がれて生活しているのですよ。大きな声を発てれば聞こえる距離ですよ。
人質をたてに外国大使と交渉したということでしょうか。



◎カサブランカ
カサブランカは観光にむかないという人もいます。ある意味、そうでもあると思いますが、大変興味深いモロッコの大都会でもあるのです。
田舎で食いつめて、多くの人が職に付こうと都会に流れ込んできます。

この大都会は、多くの問題をかかえています。失業問題、女性の地位向上問題、住宅問題、ストリート チュルドレン問題、交通問題等、そんな環境の中に多くの人たちの生活があります。
決して彼らは暗い顔ばかりはしていません。時にだまされ、時に助け合い、毎日を生きています。

盗難や詐欺に十分に注意しながら、カサブランカに生きる人たちを観察するのは大変興味深いことであります。

カサブランカの城壁に囲まれた旧市街を散策するのもおもしろいし、新市街にまだ多く残る、フランス統治時代の建物を探すのもおもしろいです。

カサブランカには多くのスーク(市場)があります。私が知っているのは、ほんの一部だけです。これらを訪ねるのはおもしろいですが、慣れない外国人観光客一人だと危ないでしょう。

私はそれほどカサブランカに詳しいわけではありませんが、この町は知れば知るほど興味深い町であることは確かです。



◎メルズガ
砂漠を歩くだけでは、つまらない。
砂漠で暮らしている遊牧民のテントを訪ねるのはおもしろいです。
なぜ、この人たちは、こんなに住むには適当でない場所(水がない)に暮らしているのだろうと考える材料になるはずです。
観光客のためにテントを解放しているのは、お金が欲しいからですが、彼らの生活を間近に見ることが出来るのは興味深いことです。

地球が絶滅する時に一番最後まで生き残るのは、彼ら遊牧民ではないでしょうか。
彼らは弱くはないのです。本当に弱いのは都会の生活に慣れてしまった人たちでしょう。

◎ワルザザト
ワルザザトの正しい観光は、あまり観光をしないことでしょう。
観光のノルマでカスバを訪ねた後は、居心地のよいカフェでのんびり無駄に時間を過ごすことでしょう。本など読んではいけません。そんなもったいないことをして無駄な時間を台無しにしてはいけません。

以前、知り合った日本人観光客でこんな人が居ました。あと一時間あるから、どこを見てこようかと考えるのです。
このような考えは、日本の生活では当たり前のことでしょうが、日本の常識が世界の常識ではないのです。せっかく異国に来ているのだから、日本で体験出来ないことを体験して欲しいです。それは時間を無駄に過ごすことでもあるでしょう。日本人であるあなたに出来るかな。